連載|旅フォトエッセイ『PULA!〜アフリカの魔法のオアシスへ〜』第1話
*プロローグ
子供の頃から憧れていたアフリカへ、フォトラベラーYoriがカメラを担いでついに足を踏み入れた。
日本を代表する人気自然写真家で、2022年には世界最高峰と言われるロンドン・自然史博物館主催のコンテストで最優秀賞を受賞するという快挙を成し遂げた高砂淳二さんと一緒に、サファリを旅する大冒険。
南アフリカから、ボツワナの世界遺産・アフリカの魔法のオアシス・オカバンゴ デルタへ、アドレナリン分泌過剰な日々の珍道中を旅のフォトエッセイにして連載していきます。
未発表写真もたっぷり掲載。お楽しみに!
”PULA”の奥深〜い驚きの意味は第7話でご紹介しています。
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Episode 1 プロローグ
アフリカ冒険、そもそもの始まりは。
「野生のゾウをね、地面に潜って下から見上げて写真が撮れるスゴい場所があるんだって!」
今回のアフリカ大冒険は、日本を代表する自然写真家・高砂淳二さんの「謎」の一言から始まった。
そこは有楽町の日本料理店。シドニー在住の私にとって、2年半ぶりの帰国だった。
というのも、2020年3月に世界保健機関・WHOが「新型コロナウイルス感染症はパンデミックに相当する」と表明し世界中が前代未聞の国境閉鎖に踏み切ったため、オーストラリアから出国できない状態が続いてしまったからだ。
シドニーのロックダウン規制は違反をすれば1,000ドルの罰金が科され、カード払いも可能なためその場で徴収されるほど非常に厳しく、外出は生活必需品・医療用品の買い物、運動、ペットの散歩、通院、通勤、通学以外は全て禁止。
公園のベンチに座っているだけで1,000ドル、道で洗車してるだけで1,000ドル、いくらお金があっても足りないので外出は極力控える必要があった。
悲しいほど青く美しい大空をバルコニーで見上げながら、海の向こうが果てしなく遠く感じる日々を送っていた。
次々と変わる規制に翻弄されたが、それも徐々に緩和され、国境開放した国々も増えてきた。
失われた2年間を乗り越え、ようやく実現した待望の日本帰国だったのだ。
自然写真家の仲間たちに連絡すると、二つ返事で「集まろう」ということになり、その日本料理店に集合したというわけ。
勝手に「チーム・高砂」と呼んでいるが、過去数回、このメンバーで地球の果てのような場所で撮影冒険旅行をし強烈な体験と感動を共有しているため、同じ釜の飯食った仲だゼ的妙な連帯感を持っている。
久しぶりの再会に歓喜し、和食と日本酒が美味しすぎて脳内快楽物質が過剰分泌し、今世紀最大というくらい酔っぱらってしまった。
そこで先ほどの「謎」の発言があったのだ。
「あの、野生のゾウを地面に潜って見上げるって、ど、どゆこと?」
説明してもらうが、酔っぱらいにはさっぱりわからない。
「場所はどこなんですか?」
「ボツワナ」
「え? ボスニア……ヘルツェゴビナ?」
「いやいやいや、アフリカだから。野生のゾウだし」
こんなに楽しく酔っぱって気が大きくなったところでこの提案、行かないという選択肢はもはや存在すらしなかった。
しかもアフリカは幼いころから必ず行くと決めていた憧れの地だ。
気がつけば半年後、南アフリカのヨハネスブルグ空港に集合していたのだった。
+++
目指すはボツワナ共和国。
謎の「地面に潜ってゾウ」スポットを訪れた後、アフリカの奇跡と呼ばれる魔法のオアシス「世界遺産オカバンゴ・デルタ」に移動し、キャンプをしながらのサファリだ。
もちろんそこには電気もインターネットも無い。
文明から離れ、野生の動物たちと共に、人類の起源と言われるボツワナの大地と一体となった自分は、いったい何を感じ、どんな気付きを得られるのだろう?
野生動物の生き様から教えられることもたくさんあるはずだ。
アフリカ大陸ではまだエジプトにしか足を踏み入れたことのない私にとって、自然界の生き物たちが主役の大地は全くの未知なる世界なのだ。
今回は撮影だけでなく、彼らからの学びを意識し、吸収する旅にしたいと思っている。
またがりが好き過ぎて止まらない。
幼いころから動物が大好きだった。
女の子たちに大人気のリカちゃんやバービーには興味が持てず、お人形遊びは苦手だった。
持っているのは動物のぬいぐるみばかり。
それを全部ソファーに並べて真ん中に座り悦に入っているような子どもだった。
おままごとにしても、主役級のお母さん役や子ども役などは喜んで辞退し、率先してペットの犬や猫になっていた。
おままごとって、そもそも日常家庭生活を模倣して、それぞれの役を演じちゃおうというものなのに、私はワンとかニャーしか言わない。
どちらかというと、よりリアルに「ワン、ニャー」を発することに燃えていたような記憶がある。
つかまり立ちが上手になってきた1歳を過ぎたころ、生まれて初めて木馬にまたがった。
これは自主的なものではなかったのだろうが、多分それ以来、動物モノを見るたびに「のりたーい」とせがむようになったのだと想像する。
なぜなら、アルバムを見ると動物モノにまたがっている写真が呆れるほどたくさんあるからだ。
七五三の記念撮影でさえ、白いヒョウ柄のワンピースにベレー帽という装いで木馬にまたがりポーズを決めている。いやはや、いやはや。
しかし意外にも笑顔は薄く、ほとんどの「またがり写真」は真面目な表情で写っていた。
これはもう完全に自分の空想世界にふけってしまっているからなのだ。
幼稚園に通っていたころ、夏休みに父と二人で東京から九州へ車の旅をした。
川崎でカーフェリーに乗り込み1泊して宮崎まで移動し、そこからドライブで親戚の住む福岡を目指す。
幼い子にとってはなかなかの大冒険だ。
初めて見るフェリーからの景色は、360度どこを見ても水平線だけなのが不思議だったし、夜になると空と海がくっついて黒い塊になっているのが少し怖かった。
宮崎で下船し福岡へ移動中に、熊本の草千里に寄った。
そこでは観光の一環として雄大な景色の中での体験乗馬が行われていたのだが、多分そこでもせがんだのであろう、「あのうまにのりたい」と。
通常、小さい子は大人と一緒に乗るようだが、どうも一人で乗れると言ったらしい。
おっとりした大きな白い馬だった。
なでてみた馬の体はとても温かくて干草のような匂いがした。
背に乗せてもらうと急に空が近くなり、太くて長い首の向こうには緑色の柔らかそうな原っぱが広がっていた。
その時に父が撮ってくれたのがこの写真だ。
引き馬ではあるが一丁前に手綱を持ち、鞍の上で背筋をピンと伸ばし、ワンピースを着た小猿ちゃんは威風堂々と馬の背にまたがっているではないか。
まるで自分が馬を御しているかのように。
モンゴルに生まれても、充分やっていけたな。
民族の祭典・ナーダム祭の子ども競馬だって制覇しちゃったかもしれないな。
アフリカゾウ・マコちゃんの背中で。
そんな私がアフリカと初めて触れ合ったのは、多摩動物公園のアフリカゾウ・マコちゃんだった。
母の記憶をたどると、園内を散歩するゾウに子どもが乗せてもらえるという内容のアナウンスが聞こえてきて「これは逃せぬ」と全力で走ったらしい。
普段はおっとり呑気な部類の人だが、稀にスイッチが入りパッションを爆発させてくれる。
当時4歳だった私の記憶はというと、突如猛ダッシュする母に引っ張られる腕の感触、絡まる足、流れる景色、賑やかな歓声、そして視界を遮る巨大な灰色の……
体がフワッと浮いたかと思えば、そこはもうマコちゃんの背中だった。
「たかーい!」
背中というより座るのは首の位置だ。
お兄さんが一緒に乗って支えてくれるから怖くない。
マコちゃんの頭は平らで広々していて、真ん中に少し窪みがある。なんとなくアニメに出てくる妖怪・子泣きじじいの頭っぽい形。
そこに4〜5cmほどの長い毛が数本ずつ束になって所々に生えている。
手のひらで触れてみるとツンツンとしっかりした感触だ。
皮膚は乾いて厚ぼったくザラッとした手触り。
いつもは遠くから見ているだけのゾウの背中の上にいるなんて、あまりにも別世界すぎてもう夢心地。
マコちゃんが大きな耳をパタパタさせると、私の足はフワッと優しく撫でられた。
視線を遠くに移すと、マコちゃんがいつも過ごしている広大な敷地の中にキリンやシマウマの姿が見え、眼下にはカメラを操作する母の姿があった。
その時に撮ってもらった私の表情の誇らしげなこと。
「マコちゃんは、『ジャングル大帝』のレオが住んでいるアフリカという場所から来たのでしょう。そこに行けば、動物園みたいにレオの仲間たちに会えるのかなぁ。白いライオンもいるのかなぁ」
小猿ちゃんのイマジネーションはどこまでも飛んでゆく。
そんな幼いころからの夢をもうすぐ叶えるのだ。
ずいぶん時間はかかったけれど、やっとその機会が訪れた。
今更だけど、夢はおとなしく待っていないで、エイッと勇気を出してつかまえにいけばいいんだな。
ま、今回のは酒の勢いとも言えるけど。
追記
東京都公式サイトの多摩動物公園情報で、園長からの「2022年3月12日にアフリカゾウのアコが死亡しました」というお知らせを目にした。
たった10ヶ月前までアコちゃんは生きていたんだ。
何度も会いに行けばよかった。
亡くなったのはちょうど私が2年半ぶりに日本へ帰国していた時ではないか。
後悔と切なさで涙がこぼれた。
この場を借りて、アコちゃんに沢山の感謝と冥福を祈ります。
【第2話に続く】
次回は、
<第1章 南アフリカレインボー共和国>
- 圧と闘う14時間
- チーム・高砂、再集結!
ワクワクの旅フォトエッセイ、次回もお楽しみに!
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