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フォークランド諸島旅行記・前編|ペンギンと紛争と地雷の意外な関係&写真で綴る観光情報

フォークランド諸島 前編

写真と旅をこよなく愛するフォトラベラーYoriです。

今回は、写真好きにはたまらない野生ペンギンの楽園「フォークランド諸島旅行記」の前編。

日本からは地球の裏側にあり気軽に行かれる観光地ではないので、「フォークランド」という地名を「ペンギンの楽園」というよりは「フォークランド紛争」の名で知っている人の方が多いと思います。

1982年に勃発した領有権主張を巡るイギリスとアルゼンチンとの争い。

南米の沖合約640km、5種類のペンギンが生息している夢のような大自然の環境で、40年前にこの紛争が起こり、数万個の地雷が埋められました。

また、18世紀半ばにはある「ショッキングな理由」でこの島のペンギンたちは絶滅寸前に陥ったこともありました。

なぜ?

そしてどうやって楽園に戻れたのか?

「フォークランド紛争の真の勝利者はペンギンだった」と言われたその意外な理由を、観光情報と合わせてご紹介します。

*「フォークランド諸島旅行記・後編」では、ペンギン写真盛り沢山で4つの秘境島を紹介しています。

狂おしいほど可愛いですよ〜!是非合わせてご覧ください!

 

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ペンギンの楽園フォークランド諸島ってどんな所?

フォークランド諸島は南米南端から東へ約640kmほど沖合に浮かぶ諸島で778の島が集まってできています。

面積にすると約12000k㎡、四国を一回り小さくした位の大きさ。

山もありますが、一番高くても標高705mと全体的に平らな地形です。

フォークランド諸島 ペブル島 Pebble sunsetフォークランド諸島 ペブル島

 

旅の基本情報

イギリスの海外自治領 防衛以外の全ては経済的に独立しており、防衛は英国国防省によって提供されている。
首都 スタンリー Stanley(東フォークランド島)
公用語 英語
人口 約3000人。75%の人がスタンリーに居住。
人口の半数がフォークランド諸島生まれ。
(ちなみに羊の数は700,000匹!)
経済 牧羊および羊毛生産・輸出、漁業、農業。
通過 フォークランド諸島ポンドとイギリスポンド。
首都スタンリーでは、米ドルやユーロのキャッシュも使える場所もある。
電圧・コンセント 220/240v、50Hz
日本の製品で「100-240V, 50/60 Hz」と表示のない電化製品は変圧器が必要。コンセントはイギリスと同じG型。
日本はA型なので変換プラグが必要。

<インターネット>

海外用レンタルWi-Fiルーターは、フォークランド諸島をカバーしているか確認してから借りてください。

ただし、カバーしている場合でもスタンリーでは使用できますが、離島では使用できない場合が多いです。

Wi-Fiホットスポットは、スタンリー Stanley、マウントプレザント Mount Pleasant(国際空港として利用される空軍基地)、ダーウィン、カーカス島、シーライオン島にはあります。

 

入国に必ず必要なもの>

  • 復路の航空券
  • 宿泊施設の予約確認書
  • 滞在に十分な資金
  • 海外旅行保険(飛行機による救助活動補償が含まれているもの)

 

観光のベストシーズン

キングペンギン親子 フォークランド諸島キングペンギンの親子

一般的には10月から3月が良いと言われていますが、天候や野生動物たちの観察を考慮するなら、11~2月がベストシーズン中のピークと言えます。

ここは南半球なので季節が逆。

11~2月は暖かく、海鳥やペンギンたちの繁殖シーズンもこの時期にあたります。

10月頃から産卵、11月頃から孵化が始まり、種類にもよりますが2月頃まで可愛いヒナに出会うことができます。

ちなみに私たちが訪れたのも2月でした。

4月になると、多くのペンギンや海鳥たちはより暖かい場所へ移動を始めるそうです。

 

ベストシーズンの気候は?

観光シーズンである夏、1月〜2月の平均気温は15度前後。夜は6度ほどです。

南極に近いフォークランド諸島は夏でも日本の秋や冬の感じですが、常に風が強い地域なので、体感温度は低いです。

夏は晴天が多いのですが、冬よりも強風の日が多いのだそう。

防風、防寒、防水機能のある登山用のアウター(防砂にも役立つ)はとても重宝するのでお忘れなく!

気温は高くなくても紫外線は強い地域です。

UVカットのサングラスや日焼け止めの使用もおすすめです。

 

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フォークランド紛争の事を知っておこう


日本から気軽に行かれる旅行先ではないので「フォークランド」という地名を「ペンギンの楽園」というよりは「紛争」の名で知っている人の方が多いと思います。

フォークランド諸島(アルゼンチンでの呼称はマルビナス諸島)は1690年にイギリス人船長ジョン・ストロングが南アメリカ遠征中に発見、上陸。

それ以来、イギリス、フランス、スペイン、アルゼンチンが入れ替わり領土にしてきた背景があります。

1833年にイギリスがアルゼンチン人を追放し、以降イギリスが実効支配を続けており、現在に至ります。

フォークランド紛争は、1982年4月に領有権を主張するアルゼンチンが武力侵攻する形で勃発しました。

これに対して「鉄の女」と呼ばれたイギリスのマーガレット・サッチャー首相は武力行使に応戦する意向を示し軍を出動させました。

2ヶ月半の戦いの末、イギリス政府は停戦宣言を出し、アルゼンチンが降伏する形で終止符が打たれました。

サッチャー首相の支持率は上がり、翌年の総選挙でも大勝利を収めます。

彼女の業績を称え、スタンリーにはサッチャードライブ Thatcher Driveという名の道が作られ胸像も置かれていました。

1982年戦争解放記念碑 東フォークランド島1982年戦争解放記念碑 (東フォークランド島・スタンリー)

スタンリーのロスロードにある「1982年戦争解放記念碑」にはフォークランド紛争中に亡くなった255人のイギリス軍人の名前が記されています。

日本では「紛争」とオブラートに包んだ言葉が使われていますが、2ヶ月半で両軍合わせて1000人近い兵士が亡くなっています。

これはまさしく戦争です。

2022年はフォークランド紛争からちょうど40年。

同年、北半球ではウクライナとロシアの間で戦争が起こってしまいました。

NHKによると、40周年の式典でアルゼンチンのフェルナンデス大統領は

アルゼンチンが「マルビナス諸島」と呼ぶフォークランド諸島の領有権を改めて主張し、「われわれの領土の一部であり、決して屈服しない」

強調しました。

アルゼンチン政府はロシアとウクライナ双方にも対話による解決を促すとともに、ロシアに対して軍事行動の即時停止を求めています。

アルゼンチンとイギリス、ウクライナとロシア、共に武力行使をせずに対話による解決の道が開けるよう切に願います。

Source: NHK

 

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フォークランド諸島のペンギン絶滅の危機

ジェンツーペンギン群れ フォークランド諸島ジェンツーペンギン

今でこそフォークランド諸島はペンギンの楽園となっていますが、過去にはペンギンたちにとって大変な苦難の時期がありました。

300年前に推定1,000万羽が生息していたと考えられているフォークランドのペンギンは、18世紀半ばにその個体数の95%が減ってしまったのです。

原因は人間の身勝手な所業でした。

その頃、欧米では産業革命の影響で灯火用燃料油、機械潤滑油、ろうそく、石鹸、皮革用洗剤などの需要が非常に高まっており、鯨油はその主たる原料でした。

鯨油は常温で固まらないので重宝されたのです。

鯨油産業は盛況で、新たな漁場を求めて捕鯨は南下していきました。

新しい鯨油生産基地として理想的な位置にあったのがフォークランド諸島。

フォークランド諸島 サンダース島 植物低木ばかり。

鯨油は、水の入った釜に原料となる鯨の部位を入れて加熱し融かし出す方法で採油されるのですが、フォークランドにはこのように低木ばかりで、薪になるような木はありません。

では捕鯨者たちは何を代わりに使ったのか?

悲しいことにペンギンを使ったのです。

寒冷水域で生息するペンギンたちは分厚い皮下脂肪を蓄えています。

脂肪は可燃性ですから優れた燃料の代替品になる。

あまり人間を恐れず、そして空を飛ばないペンギンは捕まえやすい。

釜の火が弱まると捕鯨者らはペンギンを投げ込み、鯨油の生産を続けました。

その結果、フォークランド諸島のペンギンの個体数が95%も減ってしまったのです。

地球のバランスを崩すのはいつも人間ですね。

1860年代に入ると代替資源である石油が発見・実用化された為、その後捕鯨は急速に衰退していきました。

ペンギンにとっての受難の時代も終わりました。

フォークランド諸島 2匹のジェンツーペンギン

 

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フォークランド諸島がペンギンの楽園に戻れた皮肉で意外な理由とは?

フォークランド諸島 マゼランペンギンマゼランペンギンの群れ

鯨油生産が下火となった1860年代から、数は減ってしまったもののペンギンたちにとって静かな時間が戻りました。

そして1982年に前章で記したフォークランド紛争が勃発します。

アルゼンチン軍がフォークランドを占領している間、彼らは首都スタンリー近くの海岸や牧草地に沿って2万〜3万個の地雷を埋めたのです。

紛争終息後すぐに、この地雷原は事故が起こらぬよう人間を守る為にフェンスで囲まれました。

フェンスで囲まれても、ペンギンは自由に出入りできます。

幸いなことに、彼らの体重では地雷は爆発しないのです。

当然のことながら、人間は完全にシャットアウトされています。

こうしてフォークランドの地雷原は奇妙な「ペンギンの聖域」に様変わりしたのです。

皮肉にも戦争の負の遺物がペンギンたちを守ることになりました。

この紛争の真の勝者はペンギンだったのかもしれません。

現在フォークランド諸島はジェンツーペンギンが世界で一番多く生息する地域となりました。

イギリスによりオタワ条約(対人地雷禁止条約)が遂行され、2009年から地雷撤去作業が再開。

2020年11月、ついに対人地雷は完全に撤去されました。

 

後編『フォークランド諸島旅行記・後編|野生ペンギン可愛すぎ!写真で巡る4つの秘境島の生き物たちへ続く。

Source: MENTAL FLOSSBritannicaWikipediaJournal of Geography 119(4)615—631 2010 19世紀後半期アメリカ式捕鯨の衰退と産業革命BBC NEWSAmusing Planet