連載|旅フォトエッセイ『PULA!〜アフリカの魔法のオアシスへ〜』第19話
*今日も濃厚な一日だった。キャンプ場に数十頭のゾウの群れが現れ大興奮し、水辺ではカバのプロペラ付き糞霧器にノックダウン。世界遺産オカバンゴデルタは、どの瞬間も期待を裏切らない野生の王国なのだ。
子供の頃から憧れていたアフリカへ、フォトラベラーYoriがカメラを担いでついに足を踏み入れた。
日本を代表する人気自然写真家で、2022年には世界最高峰と言われるロンドン・自然史博物館主催のコンテストで日本人初の最優秀賞を受賞するという快挙を成し遂げた高砂淳二さんと一緒に、サファリを旅する大冒険。
南アフリカから、ボツワナの世界遺産・アフリカの魔法のオアシス・オカバンゴ デルタへ、アドレナリン分泌過剰な日々の珍道中を旅フォトエッセイにして連載しています。
未発表写真もたっぷり掲載!
【第1話はこちら】
”PULA”の奥深〜い驚きの意味は第7話でご紹介しています。
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Episode 19
砂上のオカバンゴ・デルタ

「昨日のライオン、具合はどうだろう?」
傷を負って休んでいたムファサ王の様子を見に行った。
オカバンゴで初めて出会ったビッグキャットだったし怪我もしていたから気に掛かるのだ。
彼は日陰を求めて場所を数メートル移動しており、頭を起こし静かに水辺の先へ目を向けていた。
狩りが出来ず何日も食べていないからか、弱々しさからか、昨日より小さく見える。
しかし、カテンボの「回復に向かっているようだ」という言葉に少し安堵し、何度か振り返りながらその場を後にした。
このまま順調に怪我が治り、一日も早く元気になりますように。
サファリカーを運転しながら、カテンボは時々車を止めて地面を注意深く見ているので、どのように動物を探しているのか尋ねてみた。
けもの道や糞などで判断しているのかと思ったが、答えは動物たちの残した「足跡」だった。
水辺があるのでつい忘れがちだが、ここはカラハリ砂漠。
動物たちが歩いた跡が、砂の上にしっかりと残される。
形から動物の種類やどちらの方向へ移動したか、サイズから大人か子供か、数から何頭くらい居たか、崩れ具合からどの位前にこの場所を通過したか等を読み取りながら動物を探していたのだ。
砂上の足跡は情報の宝庫なのであった。
これは砂に残された足跡の写真。
左側はゾウの足跡だが、ペタッと真っ平でシワが浮いていて、やっぱりまんまるかわいいいい。
右側のは誰の足跡か確認するのを忘れたが、車が通った後に肉食動物が歩き、更にその後に他の動物が歩いたように見える。
足跡情報から動物の行動を予測し我々を動物遭遇に導いてくれるなんて、やっぱりプロは凄い。
時々、自分の車を持ち込んでオカバンゴを旅する個人旅行者の車が我々について来る事があるのだが、カテンボはちょっとだけ得意気に「あいつら自分で動物を探せないからオレたちを追っかけてくるんだ。ハイエナみたいだな」と笑いながら言い放つ。
そんな話をしている時、彼が「オカバンゴは砂の上に有るだろう。地震が起きても砂が振動を吸収するから揺れないんだ。」と言った。
その時は「なるほど〜」と頷いただけだったが、後になって「ボツワナに地震??」と気になったので調べてみると、確かに大きな地震が起きていた。
2017年のボツワナ地震は、ボツワナ中央部で発生したマグニチュード6.5の地震で、観測史上2番目に大きなものだったそう。
過去最大のものは1952年発生のマグニチュード6.7の地震で、震源地はマウン。
オカバンゴに入る前日に泊まった町ではないか。
日本で起きた大震災に比べると規模は小さいものの、アフリカ大陸の地震は聞き慣れないだけに驚きだった。
日本人にとってボツワナという国はあまり馴染みがないが、2011年の東日本大震災の時にボツワナ政府は100万プラ(約1200万円)の義捐金を寄付してくださっている。
改めて感謝の気持ちを送りたい。
なんということでしょう!
こんな事ってあっちゃっていいの?というくらい感動的な事がキャンプ場で繰り広げられた。
ランチの後テントの中で休んでいたら、何やらみんなのざわついた声が外から聞こえてくる。
なんだ、なんだ?
出てみれば、なんとそこには数十頭のゾウの御一行様がおでましになっていたのだ!

「なんということでしょう〜!!」
スナイパー・トムが発したテレビ番組『劇的ビフォーアフター』の名ゼリフが、この驚きと感動を放つのにぴったり過ぎる。
人間の存在なんて気にする様子もなく、木の枝を食べながらゆっくりとキャンプ場脇を移動している。
まるで「庭先にゾウの群れ」状態だ。
野良猫が集まっているのとはスケールが違う。
「なんということでしょう〜!」
近付き過ぎて不快感を与えないよう、ある程度の距離を保ちながら彼らを観察する。
カテンボが言っていた。
「どんな動物もむやみに戦うことはしない。不快ならちゃんと先に行動で示してくれる。唸ったり、尻尾を強く降ったり、ゾウなら鼻を高くピンと立てて威嚇したり。それを無視しなければ理由もなく向かって来ることはない。」と。
彼らのメッセージを見過ごさないよう、もっと五感を磨きたくなる。
いつもはサファリカー上から見ているゾウたちだが、フェンスの無い同じ地面に立って彼らを見上げていると、たまらない一体感と興奮で体がふるふるしてきた。
スナイパーと目があった。声を合わせて
「なんということでしょう〜!!」
もう笑いが止まらない。
赤い帽子を被ったキツツキの「コンコンコンコン」と木を突く音が、景気付けのように力強く響いていた。

プロペラ付き糞霧器の恐怖
オカバンゴ・デルタを象徴する動物のひとつがカバだ。
昨日「忍法・水遁の術」(第18話)を見せてくれた場所とは違う水辺に行ってみると、いたいた、沼の隅っこに小さくてまん丸な耳が水面に並んでいる。
仔カバもいるようだ。
日差しが斜めになってきたので、水辺の景色が立体的に浮かび上がりいい感じ。
なんて思いながらファインダーを覗いていたら、一頭の大きなオスが短いプロペラの羽のような尻尾を勢い良く振り回し、リズミカルに水しぶきを上げ始めた。
光を受けて、しぶきはキラキラキレイに輝きながら空中を舞い上がり広がっていく。

しかし、そんな風流な気分に浸っている場合ではなかったのだ。
カテンボによると、その行動は縄張りに侵入してきたオスに対してテリトリーを誇示する為の威嚇だという。
なんと「糞をしながら」尻尾をを振り回して周辺に撒き散らしていたのだ。
恐ろしや「プロペラ付き糞霧器」!!
キラキラキレイ!なんて思っちゃったじゃないかー。
望遠レンズ装着のファインダー越しに見ると、撒き糞が自分の顔に飛んでくる様な気がしてくる。
グルグルバシャバシャ「きゃーっ」
グルグルグルバシャバシャバシャ「ぎゃーっ」
私だったらプロペラ付き糞霧器の威嚇一発でノックダウンごめんなさいさようならだが、その侵入者は少しも怯んでいないようだ。
すると、その2頭は「ドッカーン」という音と共に、大きな口を思いっきりガバッと開いて激突した。

カバの優劣は、口が大きく開けるかで決まるらしい。
開いた口から突き出た牙が豪快だ。
これは自分を大きく見せたり、戦いのために進化したのだそう。
威嚇の為の牙なら、ゾウやイノシシやセイウチのように口を閉じていても、いつでも外から見える方が理にかなっていると思うのだが、カバの場合、普段はなぜか口の中に隠されている。
水中にいると水が入ってきちゃうからかな?
でもセイウチも水中生活だしな。
もしかすると大口開きを相手に見せつける時「どーだ、オレは牙もスゴいんだぜ」と不意打ち食らわせ威嚇増量倍返し効果を狙ってたりするのかもしれない。
子供の絵本にも良く登場するし、フォルムがムーミンに似ているし、ほっこりさせてくれる系キャラのイメージが強いカバだけど、テリトリー侵入者に対しては全くもって容赦ない。
むやみな戦いを避けるために、先ずはプロペラ付き糞霧器と大口開きで威嚇する。
それでも引き下がらない相手なら、体当たりをぶちかまし、突き出た牙をぶつけ合い、命をかけて激しく戦う。
相手がライオンであろうと何であろうと物ともせず攻撃を仕掛けるそうだ。

メスと仔カバは居心地良いから隅っこに居るのかと思っていたが、「あらー、また始まっちゃいそうねー」とオスたちの雰囲気から先を読み、避難していた模様。
何度も激突を繰り返し、ようやく侵入者は腹立たしげに退散して行った。
いやはやなんともスサマジイものを見せて頂いた。
そして、水辺に静けさが戻ってきた。
日暮れ色に染まった水紋は、木の年輪が作り出す美しい木目模様のようだった。



知らなかったのだが、カバは夜行性で夜になると採餌のために水から出てきて4〜5時間かけて草を食べ、縄張りに戻って行くのだそう。
そういえば夜キャンプ場でカバの声が聞こえていた。
縄張り意識が高いので行動する範囲も決まっており、同じ場所を草を食べながら移動することで葦の茂みの中にしっかりした水路が出来上がる。
無数の水路で水が循環しやすくなり、糞による養分がくまなく行き渡るのは、カバの習性が大いに役立っているのだ。
陸上でもあの糞霧器はプロペラ全開で使用されるそうなので、今夜はキャンプ場が「庭先にカバの群れ」状態にならないよう祈らなければならない。
【第20話に続く】
- 全ては宇宙の一部だった
- 頭でなく心で撮ろう
- 冷やしうどん食べ放題やって〼
の3章です。
ワクワクの旅フォトエッセイ、次回もお楽しみに!
参考資料:外務省、Africa Times、News24、ムーミン公式サイト
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