連載|旅フォトエッセイ『PULA!〜アフリカの魔法のオアシスへ〜』第22話
*悲しい知らせが入った。現実を突き付けられ、命の重みが心に刻まれていく。そして密猟問題。人間のエゴに翻弄される動物たちだが、種を越えて共に生きる姿を見せてくれた。
子供の頃から憧れていたアフリカへ、フォトラベラーYoriがカメラを担いでついに足を踏み入れた。
日本を代表する人気自然写真家で、2022年には世界最高峰と言われるロンドン・自然史博物館主催のコンテストで日本人初の最優秀賞を受賞するという快挙を成し遂げた高砂淳二さんと一緒に、サファリを旅する大冒険。
南アフリカから、ボツワナの世界遺産・アフリカの魔法のオアシス・オカバンゴ デルタへ、アドレナリン分泌過剰な日々の珍道中を旅フォトエッセイにして連載しています。
未発表写真もたっぷり掲載!
【第1話はこちら】
”PULA”の奥深〜い驚きの意味は第7話でご紹介しています。
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Episode 22
命を繋ぐ鎖の行方
ムファサ王が死んだ。
王の様子を見に行こうと向かう途中、カテンボにガイド仲間から連絡が入った。
明け方にムファサ王がハイエナに殺されたというのだ。
その現場を実際に見た者は居ないそうだが、暗がりから聞こえてくる戦いの唸り声の数から、少なくとも5頭以上のハイエナに襲われたようだったという。
我々もあの水辺に到着し辺りを見渡したが、もうムファサ王の姿は影も形も無い。
少し離れた木に止まるハゲタカを見たカテンボが、あの辺りで命が尽きたのかもしれないと言った。
群れたハイエナを倒す程の力が彼には残っていなかったのだろう。
ムファサ王は他者の体の一部となり、命を繋ぐ鎖になったのだと理解しようとするものの、木陰に横たわり静かに傷を癒していた姿が脳裏をかすめ、胸の辺りが締め付けられる。
彼はこの世から去ってしまった。
昨日のパンテール嬢がリカオンに追い詰められるシーンも蘇り、一つ一つの命の重みが心に刻まれていく。
野生の世界の現実を突きつけられる朝だった。

命の事を考えていたら、ふとモレミ動物保護地区に入るサウスゲートにライフルを抱えたレンジャー達の写真が貼られていた事を思い出した。
カテンボに「あの銃は観光客が野生動物に襲われた時に使われるの物なの?」と尋ねると、想像すらしなかった答えが返ってきたのだ。
それは絶滅しゆく動物を守るレンジャーが、密猟者から自分達の身を守る為に装備している銃なのだという。
「密猟はアフリカ全体の問題だ。コロナのロックダウンで動物保護区から観光客やその車が居なくなったことで、密猟者は行動がしやすくなり数と被害が増えてしまったようだ」と話してくれた。
絶滅危惧種の中でも最も絶滅に近いとされる「近絶滅種」に指定されているサイの密猟に関して言えば、密猟者は「角」の部分だけを採取するためにサイの命を奪っている。
犀角(サイカク)と呼ばれる漢方薬にしたり、ステータスシンボルの置物としてアジアの国々で需要があり、国際犯罪シンジケートなどを通して高額で取引されているのだという。
CITES(絶滅危惧種国際取引条約)やアメリカ国営放送VOAによると、ボツワナでは2023年から遡る5年の間に、密猟でサイの総数の3分の1が失われたと報告されている。
同国でも、密猟者からサイが命を狙われないよう「除角」を行っているが、残った根本部分だけでも彼らには依然として価値がある為、大きな効果は上がっていないのだという。
必要だからこそ持つ角を、密猟者から命を狙われない為に切り落とされるなんて、人間のエゴのしわ寄せを受けるのはいつも動物たちだ。
レンジャー、NPO団体、軍隊を配備し空中と地上でのパトロールを強化するものの、事態は好転しないどころか密猟者との銃撃戦で双方の人間の命も落とされている。
角の為だけに殺されるという地獄。
2022年時点でボツワナにはシロサイ285頭、クロサイは23頭しかいない。
繋がってきた命の鎖は切れてしまうのだろうか。
1980年に日本はワシントン条約(野生動植物の国際取引の規制)に加盟し、それ以降は象牙同様にサイの角は輸入禁止されている。
だからと言って、サイを絶滅に追い込んでいるのは日本以外のアジアの富裕層だからと他人事で片付けてはいけない。
信じられないことに、成分に犀角が含有されている漢方薬が今現在でも日本国内で通信販売されているのだ。
ご丁寧に「犀角は中央アジア、アメリカに棲息するサイの角」と説明までされている。
売る方も買う方も、そこに罪の意識は無いのだろうか?
サイの角は私たちの爪と同じケラチンが主成分だから科学的薬効はないと言われているのに、それでもまだ近絶滅種の命を奪う必要が有るのだろうか?
緩すぎる条約や販売規制に対し疑問や不信が生まれてくる。
2022年6月には、静岡県の日本平動物園で展示されていたサイの角が盗まれるという事件が発生しており、園長は6000万円を超える価値があるため販売目的の盗難だろうと推測している。
同様の事件はヨーロッパの動物園でも発生しているという。
一部の人間の醜いエゴに対し、やり場の無い憤りと落胆で体が震えてきてしまう。
これはアフリカだけの問題ではなく地球全体の問題だ。
境界の無い世界

カバ電車、今日も元気に出発進行!
こんな風に種を超えて共に生きる姿を見ると、いつでも心が踊ってしまう。
20話で、私はファインダーの中で自分と被写体が繋がる感覚を楽しんでいると触れたが、被写体が何であれ、その時、精神的距離は溶けて無くなり同調していく。
これは「境界を超えて共に生きる」という世界観に惹きつけられるが故に導かれた感覚なのかもしれない。

子供の頃に母に連れられて『ビューティフル・ピープル/ゆかいな仲間』という映画を見た事を思い出す。
南アフリカのナミブ砂漠の大自然を生きる動物たちの姿を、クラシック音楽のリズムに乗せてコミカルに描いている映画だった。
動物たちは真剣に生きているのに笑ってしまうのは失礼な話なのだが、子供心にもその様子が人間ぽくて愉快で楽しくて、今でもはっきり目に浮かぶ。
一番面白かったのが、マルーラの木の実を食べに集まる動物たちの姿だった。
その実は熟して落ちると発酵しアルコールが生じて動物たちを虜にしてしまう甘〜くキケンな果実なのだ。
動物たちはその美味しさに我を忘れてむさぼり食い、結果、完全なる酔っ払いと化してしまう。
足取りはおぼつかず、よろめいてはひっくり返り、立ち上がってはつんのめり、ゾウに至っては酔い潰れているのにまだ物足りないのか、鼻だけを伸ばしてマルーラの実を掴んでは口に運び続ける始末。
ゾウ、キリン、イボイノシシ、バブーン、ダチョーもマルーラの木の下でみんな仲良く酔っ払い、自分の巣へまともに帰れないまま夜が明ける。
マルーラ酒場で親睦が深まっちゃうかも知れないし、時にはこんなコミカルな「境界の無い世界」があっても良いよね。
そんなほのぼのとした動物たちの姿が記憶にあったので、是非マルーラの木を拝んでおきたいと思いカテンボにリクエストをすると「今の時期は葉も果実も付いてないよ」と言いながら案内してくれた。

マルーラはまだ裸ん坊の時期なので、確かに地味で特別感は感じられない普通の木に見える。
実がなるのは真夏の12月から3月だそうで、まだどこにも酔っ払い達の姿は無かった。
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ワーナーの公式で、映画 "Animals are beautiful people"『ビューティフル・ピープル/ゆかいな仲間』の動物酔っ払いシーンが YouTube に投稿されているのを発見したので是非ご覧あれ!
種を超えて共に生きる酔っ払いたちの姿だ。
新宿あたりの夜の繁華街で見かける風景と何ら変わらない。
動物たちの体内に入ってマルーラの種は広範囲に運ばれ、糞と共に落とされそこに根を張る。
年月が経てばマルーラを中心に延びる酔っぱらい街道が広がって行くのだろう。
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アフリカにはソーセージを実らせる木もあるのだ。
その名もソーセージノキ(Sausage tree)。
色といい形といいソーセージそのものだけど、人間の食用には向かない。
その代わり樹皮を粉砕して皮膚病の薬にしたり、花は煮出して染料に使われていたそう。
また、デルタ地帯のオカバンゴではモロコ(Moroko)と呼ばれる伝統的な手漕ぎの丸木舟が作られるが、それもソーセージノキが使われている。
果実はゾウ、キリン、カバが、そして蜜の残る地面に落ちた花はインパラやバブーンが好んで食べるそうで、多方面に渡り大変貢献度の高い木なのであった。

手のひらよりも大きな花が咲くのは夜なので、夜行性のコウモリが主に受粉の役目を担っているそう。
キャンプ場にも10メートル以上に育ったソーセージノキが立ち、ワインレッドの花を咲かせていた。
こんなに存在感があるのに、はかなくも一晩で落ちてしまい昼間の暑さでしおれていく。
朝を迎えた木の周りは、新しい赤い水玉模様で飾られていた。
【第23話に続く】
- 今夜のディナーはボツワナ料理
- ギフトなサファリ最終日
の2章です。
ワクワクの旅フォトエッセイ、次回もお楽しみに!
参考資料:Voice of America、Convention on International Trade in Endangered Species(CITES)、SAVE THE RHINO、Global Geneva、読売新聞オンライン、Wikipedia、Siyabona Africa、American botanical council
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