連載|旅フォトエッセイ『PULA!〜アフリカの魔法のオアシスへ〜』第12話
*聖なる木の下は光のベールに包まれた神秘的な異次元空間だった。その時に撮影したオーストラリアのフォトコン入賞作品も公開。
子供の頃から憧れていたアフリカへ、フォトラベラーYoriがカメラを担いでついに足を踏み入れた。
日本を代表する人気自然写真家で、2022年には世界最高峰と言われるロンドン・自然史博物館主催のコンテストで日本人初の最優秀賞を受賞するという快挙を成し遂げた高砂淳二さんと一緒に、サファリを旅する大冒険。
南アフリカから、ボツワナの世界遺産・アフリカの魔法のオアシス・オカバンゴ デルタへ、アドレナリン分泌過剰な日々の珍道中を旅フォトエッセイにして連載しています。
未発表写真もたっぷり掲載!
【第1話はこちら】
”PULA”の奥深〜い驚きの意味は第7話でご紹介しています。
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Episode 12 <ボツワナスーパードライ共和国>
聖なる木の下で
新しい1日が始まった。
朝が待ち遠しくて、起きた瞬間からワクワクドキドキしているなんていつ以来だろう。
今日はどんなドラマが繰り広げられるのか。
あふれる期待がこぼれ落ちてしまわぬよう、大きく深呼吸をして心を整えてからサファリカーに乗り込んだ。
最初に出会ったのはゾウの群れ。
乾いた大地に長い列を作って行進している。
シショーの「彼らを正面から撮りたい」の一言で、リチャードがゾウの進路を予測しながらサファリカーを操り、彼らの大行進を迎えられそうな位置で車を止めた。
ゾウたちはあまり気にする様子もなく、真っ直ぐ我々に向かって歩いてくる。
いい感じ。
彼らは程よい木があれば立ち止まり、鼻で堅い枝を絡め取ってバリバリ食べる。
子ゾウも短い鼻を上手に使い元気にバリバリやっている。
クリっとした目のハンサムボーイが近寄ってきて鼻をぶるんと上げ、カメラ目線で「オハヨー」と挨拶をしてくれた。たぶん。
朝日が差してくる方向に視線を動かすと、光の中を土煙を巻き上げながら何頭ものインパラが走っていった。
バブーンかーちゃんもナンダナンダとつられて走り出す。
かーちゃんの背中に乗ったチビちゃんは振り落とされぬよう必死にしがみ付く。
バブーン兄弟は転がるようにかーちゃんを追いかける。
バブーンおやじたちはギャーギャーと大喧嘩を始めて反対方向へ突っ走って行った。
朝から大騒ぎだが、陽光を受け金色に縁取られた彼らの姿は美しい。
バブーンとインパラは行動を共にすることが多いという。
なぜなら、バブーンは嗅覚が弱いが木に登れて、インパラは木には登れないが嗅覚が鋭いからだそう。
バブーンは木の上から遠くまで見渡し、肉食獣の出現をいち早く見つけインパラに知らせる。
インパラは嗅覚を使い地上を警戒し、不穏があればバブーンに知らせる。
お礼になのか、バブーンは木の上からインパラに果実を落としてあげるという。
他にも、視覚・聴覚が優れているが嗅覚が弱いシマウマと、視覚は弱いが嗅覚の優れたヌーも互いに補い合いながら行動を共にするのだそう。
「補い合う」か。
己の弱点を認めたうえで、他者の美点を受け入れる。
そして己の持つ美点を理解し、他者にそれを差し出す。
「補い合う」という行動の起点が、シンプルだけど奥深かったことに今まで気付かなかった。
我々ニンゲンという生き物はさまざまな感情が入り組んで絡まっているややこしい生き物だから、この行動がなかなか素直にできないんだよなぁ。
+++
インパラもバブーンもぎっしりと実をつけたマシャトゥツリーへと急ぎ向かっているようだ。
ファインダーから目を離し後ろを振り返ってみると、なんとその巨木の下は盛大なインパラ祭りなことになっているではないか!
100頭は下らないであろうインパラたちが、地面に落ちた果実を夢中で食べている。
視線を上に向けてみると、バブーンが枝に腰掛けて前後左右上下全方向に実る食べ放題果実を、そんなに慌てなくてもいいのに、次から次へと口の中に押し込んでいる様子が見えた。
ポロポロとこぼれ落ちる実は、ちゃんと地上の仲間たちに届いているようだ。
我々はその大きな木のそばに吸い寄せられていった。
地面を覆い尽くしているインパラたちの巻き上げた土煙が、斜めから射す光を受けて金色の朝靄のように立ち込めていた。
突然その群れが左右に割れた。
まるで従者たちがキングとクイーンに道を空けたかのよう。
奥から立派なツノを持つオスと美しいメスのインパラが悠然と現れた。
そこにやって来たのはゾウの親子。
幻想的な光のヴェールの中に、悠々と歩く彼らのシルエットが映し出された。
母ゾウは存在を示すかのように高々と鼻を上げ、子ゾウは鼻を前に伸ばしインパラたちにちょっかいを出して遊んでいる。
地元の人たちから「聖なる木」と呼ばれ慕われているこのマシャトゥツリーは、そこにある全ての命を優しく包み込んでいた。
聖母の無償の愛・アガペーのような波動で満たされた異次元の空間が広がっていた。
これは夢か現か幻か。
この深い感動とともに撮影した写真が、オーストラリアン・フォトグラフィー・マガジン主催のコンテスト「フォトグラファー・オブ・ザ・イヤー 2022」のモノクロ部門で入賞し、雑誌に掲載していただくことができた。
撮影者の魂の震えは写真に映り込み、それは観た人に伝わるのだと、改めて確信する経験となった。
入賞作品(組写真) "Under the sacred tree" 『聖なる木の下で』
(組写真にご興味があればこちらも併せてご覧ください。)
ゾウの足裏
猫好きの私は、猫の足裏の肉球を見ているだけで幸せな気分になってくる。
ムニュムニュ触れば、目尻が勝手に下がってきてしまう。
コンクリートが乾ききる前に歩いてしまった猫の痕跡を見つけた時など、ヨダレが出てくる。
『吾輩は猫である』の中で夏目漱石は「吾輩」に、足裏についた泥で縁側に残す足跡を「梅の花の印を押す」と形容させている。
なんて風情のある描写だろう。
前述した(第10話)ヒョウの全身を飾る模様の「梅花紋」という表現も然り、日本人の持つ趣きある感性を讃えたい。
それはさておき、ゾウの足の裏ってどうなっているんだろうと思ったことはないだろうか?
以前から気になっていたのだが、見るとなるとこれはなかなかハードルが高い。
動物園に行ってもゾウはいつでも立っているし、博物館に行っても骨格標本はあるが足の裏の状態はノーマークだ。
知りたい知りたいと願っていたら、突然望みが叶ってしまった。
それはゾウの群れが木の下に集まっているのを見つけ近寄った時のことだった。
何頭もの子ゾウが地面にドデーンと転がって昼寝をしていた。
親たちに守られているとはいえ、あまりの無防備大胆さに驚いてしまう。
野生のキリンは、寝ている時ですらずっと首を立てたままだというのに。
母親ゾウが眠り込む子ゾウの体を愛おしそうに見つめながら鼻で撫でている。
その子のちょっと手前に落ちてるおっきなウンコの横で寝転がっているもう1頭の子ゾウの足の裏が、こ、こ、こっちを向いているではないか。
ゾウの足裏だ!
期待どおり真っ平らで嬉しくなる。
ヒビが入った硬そうな質感、そしてまんまるな形。
いやほんとまんまるかわいいいいい。
肉球とかあったらどうしようかと思ったけれど、無くてなんだか安心した。
ゾウの足裏は何の小細工もなく、潔いほど真っ平らなのであった。
その足裏はパッドと呼ばれクッションの役割をしているそうだが、それだけではない。
なんと、地面の微細な振動をキャッチし骨伝導でそれを聞きとり、情報収集や仲間とのコミュニケーションを図っているという。
2004年のスマトラ沖地震が発生した際、危険察知能力が高いゾウはいち早く津波を感知し、それが陸地に到達する前に高台へ逃げて被害が出なかったと聞いたことがある。
これも足裏骨伝導方式情報交換の成果だろうか。
ゾウの足裏はまんまるかわいいだけでなく、驚くべき機能で彼らの命を守っていた。
お邪魔させてもらっています
ゾウの足裏目視成就の興奮冷めやらぬまま、
2泊したテントキャンプを離れ車で30分ほどの場所にあるロッジに移動した。
荒涼とした大地に突然現れたオアシスのようなたたずまいだ。
入り口でスタッフたちが元気な笑顔とウェルカムドリンクで迎えてくれた。
建物は周辺の景観を損ねずに、宿泊者たちが自然と触れ合えるよう配慮した設計だ。
共有スペースのデッキやダイニングからは眼下に設けられた水場が見え、食事やティータイムを楽しみながら水を飲みにやってくる動物たちを観察できる。
敷地内にはお土産ショップやプールの他に資料室があり、マシャトゥの動植物などについての展示や資料がたくさん集められていてありがたい。
宿泊する部屋にはエアコンやバスタブがあり、窓も大きくて開放的だ。
スタッフから「バブーンが部屋の中に入ってきてイタズラをするから、窓を開けっぱなしにはしないように」と説明があった。
あはは、なるほど、新入りの偵察だってしたいもんね。どこの国のサルも好奇心は旺盛らしい。
バルコニーから見える水場でオスのクードゥが水を飲んでいる。
空に向かって螺旋状に巻く立派なツノを持つ彼は、アンテロープ(レイヨウ)の中でダントツかっこいい。
機材の手入れをし、今日出会った異次元世界を思い浮かべながら少し仮眠を取ることにした。
夢の中で幼子に戻った私は、バブーンと一緒にゾウの背中にちょこんと乗っかり、肩に虹色の鳥を乗せ、何百頭ものインパラを従えてサバンナを悠々と進んでいた。
夕食の時間となり、別棟のダイニングへ向かった。
昼間の暑さはずいぶん和らいで、夜風がするるるっとTシャツの中を通り抜けて心地よい。
「ん?」
建物の入り口で何か異質なものが視界に入った。
恐るおそる視線を足元に落とすと、そこには真っ黒い威圧的な形の物体が……
「げ、サソリだっ」
スタッフは驚く様子もなく
「サソリはあまり活動的ではないのでふだんは静かに潜んでいるのですが、今日みたいに風のある涼しい夜は外に出てきたりします。靴を履くことをお勧めしますよ」
と爽やかに話す。
まずい、サンダルは却下だ。
部屋に戻り速攻で靴に履き替えた。
靴下も履いた。
さそり座の女ならよいが、サソリに刺された女にはなるまい。
夕食の後は、携帯電話で注意深く足元を照らしながら4人揃ってロッジに戻ってきた。
暗い入り口の前でスナイパー・トムが
「おやすみなさ……あれ、ここにこんなでかい置物あったっけ?」
と発した瞬間、その置物はビヨーンとジャンプして闇に消えていった。
馬ほどの大きさのクードゥだった。
ロッジ敷地内には天敵がいないから安心だということなのか?
やっぱりここは本場アフリカ、いろんなのが次々登場する。
というか、我々が君たち野生の世界にお邪魔させてもらっているのだったね。
ありがとう!
【第13話に続く】
<ボツワナスーパードライ共和国>
- 鏡面世界でおこぼれにあずかる
- ゾウ御一行様のおな〜り〜
- 水紋アート
ワクワクの旅フォトエッセイ、次回もお楽しみに!
Source: Mashatu library resources、Mashatu Lodge
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